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音訳ボランティアを目指して

センターフェスティバル講演要旨

音訳ボランティアを目指して   改革派犬山教会 三田村苗美執事

皆さんきょうはようこそおいでくださいました。
私は、岐阜市にあります視覚障害者生活情報センター岐阜で音訳ボランティアをさせていただいています三田村です。

音訳ボランティアを始めてから26年がたちました。15年位前から、生活情報センターのほかに、岐阜県の各地の社会福祉協議会などが主催するボランティアの養成講座を受け持つようになりました。そして静岡盲人伝道センターのお手伝いを4年前からさせていただくようになりました。

私は子供の頃から本を読むことがとても好きでした。そしてそれを表現したいと言う思いを持っていました。以前、名古屋に住んでいた時に、ベビーカーに子供を乗せて散歩をして「朗読ボランティアの募集」と言う貼り紙を見つけました。アこれだと思ったのです。でも子育て真最中、とてもそれは出来ませんでした。

その後、岐阜県に転居して子どもも大きくなり、さて長年温めてきた朗読奉仕をしたいと、当時愛盲館といっていました視覚障害者生活情報センターへ参りました。

私はそこで、「朗読奉仕は目の不自由な人の目の代わりをする仕事です」ということを懇々と言われました。また「黒子になれ」とも言われました。お芝居に良く出てきて役者がよい演技をするために顔を隠して助けていますね。徹底して目の代わりをせよと。教えられました。目が不自由であるがゆえに、読みたい本が読めないという。本が好きな方なら、気持ちが分かりますね。

このような方たちと共に生きるために、聖書から教えられている言葉があります。「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」「自分がしてほしいと思うことをしなさい」「受けるよりは与えることが幸いである」などです。このことを心に留めて奉仕をつづけていきたいとおもいます。
音訳ボランティアとして心がけたいことを申し上げます。

まず第一に無報酬であること
自分が行った行為に対して、感謝の言葉も期待しないし、要求しないということです。私たちはいつでも好きな本が読めます。当然の権利として目が不自由な方も同じですね。感謝は受ける側の問題であって奉仕する側の問題ではないと言うことです。

第二に必要に応じた奉仕でなければならない
自分の楽しみや自己満足でなく、必要に応えていくことです。自分のためにするという方があります。ちょっと聞くと謙遜のように聞こえますが、自分中心なのです。自分のためだから、やりたくないからやらないというようになってしまいます。

第三に専門家であること
無償だから適当にではなくて絶えず学習してプロ並みの技術を目ざしていく、自分の最高のものを差し出す。私たちは人と人との関係の中でよい技術を提供したいものです。

第四に信頼されるボランティアです。
はじめた以上責任が生じます。当てにしていいのか、なんだか分からない。出来るとき出来ないとき、ハッキリさせることも大事です。

「あなたは、この仕事を始めるために何を捨てたか」と問われました。何か一つ始めたら、何か一つ捨てなければ出来ません。片手間では出来ない奉仕です。自分の生活を整えて、この1冊にこれから取り掛かるのだという決心をして始めていただきたいと思います。

現在担当しています犬山教会音訳グループ虹の会でも、センターからパソコンをお借りして、仲間が一生懸命に取り組んでいます。平均年齢60歳くらいかと思いますが、皆さんよい図書作りのためにがんばっています。

今日、ここへおいでくださった方の中から、一人でもこのセンターの音訳ボランティアになってくださることを期待しています。

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